□□アイの、コトバ
「のう、雲中子・・・」
かすかに薬品の匂いの漂う恋人の腕の中、往生際悪く異を唱えてみる。
「んん?何だい?」
「ここでするのは、まずくはないのか?
それに、ちーと固いし狭いのだがのう・・・」
あらぬところをわきわきと触ってくる手をはたき落としながら、太公望は尚も呟くが、雲中子はまったく意に介さない。
「そうかい?私はここの方が、気分が盛り上がって好きなんだよ。
明るくて、君の顔も身体もよく観察できるしねえ」そんな言葉が交わされているのは、雲中子の研究室。煌々と医療用の明かりが灯る狭い診療台の上。
わざわざそんな所ででコトに及ぼうとするその様は、かなり怪しい。
「しかしのう・・・、急患でも入ってきたらどうするのだ?こんなところを見られた日には」
「大丈夫。きちんと鍵はかけてあるよ。・・・窓にもね」
意味深にニヤリと笑う雲中子に、太公望は諦め顔で溜め息をついた。
実は一度、雷震子が窓から診療室に飛び込んできて、モロにこういう場面に出っくわしてしまったことがあったのだ。
あまりの動揺に翼を使うのも忘れた雷震子は、ものの見事に窓から落下した。「信じらんねえーー!」
一刻ほど後、ダメージいっぱいの翼と精神をひきずって現れた雷震子は、しみじみ太公望の顔を眺めて言ったものだ。
「お前マジか?太公望よう!
どーいう気の迷いであいつとつきあってんだ?!」
「そう言われてものう。」
「悪ぃけどオレ、あいつがレンアイとかやってんの、ぜんっぜん!想像つかねえ!・・・うわっ、気持ちわりい〜〜〜」
「気持ち悪いとは失敬な。これでもわしは真剣につきあっておるつもりだぞ?」
「いや、お前のこと言ってんじゃなくって・・・ああああっ」
がしがしと髪をかきむしってうめく。
「なあ・・・・・・。オレ、どーしても信じられねえよ。あいつどんな面して、甘い愛の言葉とか囁いてんだよ?」
「甘い、言葉?」
「そうそう。そもそも、あいつ何つって告白したんだ?」
「・・・愛の言葉・・・のう・・・」
問われて太公望は、小首をかしげてしばし考え込む。
「・・・・・・ないのう、それは」
「・・・へ?!」
「うむ。世間一般でいうところの、甘い愛の言葉というものは、ついぞ言われたことがないのう、そういえば。」
「じゃ・・・・」
目を丸くして雷震子は叫んだ。
「じゃ、何でこーゆーことになってんだてめえら?」
「うぬうー・・・」
珍しく太公望が言葉につまる。それは何とも、他人には説明しづらいものがあった。
「私のところに来てくれないかな、太公望」
うららかな日差しのある日のこと。
のんびり歩いて太公望のもとにやって来た雲中子は、いつもと同じ口調でこうのたまった。
「ほえ?」
一瞬惚けた後、もしや何かの治験の勧誘かと太公望は身構える。相手が相手だけに無理もない。
雲中子はその顔をしげしげと見つめた挙句、くいっと太公望の顎に手をかけ、いきなり口付けた。
「う・・・・・・・っ、ううううんちゅーしっっ?!」
口を押さえ、真っ赤になって太公望は叫んだ。
「うーん・・・。やはりそうだな。間違いない。」
「何がじゃいっ!」
「私はここ数ヶ月、明らかに身体に変調をきたしていてね」
「へ?」思いがけない言葉にきょとんとする。
「おぬしの体調が、わしと何の関係があるのだ」
しかも何でそれがキスにつながるのだ。
疑問と怒りを滲ませて睨むが、雲中子は気にもとめずに語りだす。
「君固有の形態と性質、それに声の波動が、私のアドレナリンやエンドルフィンの分泌を増加させているんだよ。これは非常に興味深い現象だ。データをとって結論づけなければ。
君のいかなる要素がそんな現象を引き起こしているのか。それが君だけなのはどうしてかを。
・・・だから」
太公望の顔をまっすぐ見つめた。
「ついては太公望。
データ採取のために、君には定期的に私の研究室に来て欲しいんだがね。
できれば、24時間フルのデータも取らせて欲しい。」
「それは・・・・・・・・・・・」
滔々と語られてぽかんとした太公望は、言葉の意味をくるくると考える。
「それはつまり・・・・・・・・。
おぬしは、愛の告白をしておるのか?」
「いいや?言ってるだろう?データを取らせてもらいたいんだと。」本気で言っているらしい、飄々とした彼の様子に思わず吹きだす。
いかにもスプーキーの彼らしい。
どんなに珍妙であっても、雲中子の言葉は、まぎれもなく太公望への自覚のない告白だった。
「来てくれるかい?太公望」
問い掛けてくるその顔は、本人真面目なつもりで、不気味な笑顔にしか見えないが。
自分で自分の気持ちがわかっていないのがおかしくて、何やらかわいくて(あるまじきことだが)。
太公望はこくりと、思わず頷いてしまったのだ。薬品と消毒薬の匂いの診療室。
雲中子は着々と太公望の服を脱がせていく。
小さな顔を両手で挟み、じっくりと眺めて、確かめるように口付ける。
診療台をぎしぎしときしませて、次第に二人の息があがっていく。傍から見れば、立派な変態プレイに違いない。
少しひんやりとした、器用な指が几帳面に太公望の肌をなぞる。
「ベッドより、ここでの方が、君も体温の上昇が早いようだよ。
・・・ほら、肌と筋肉の柔軟性も違っている。
体位はこっちの方が快感は大きいかな・・・」まるでデータを読み上げるような、無機質な、奇妙な睦言。
だけどその言葉の意味するところを、太公望は正確に受け止める。
太公望は手を伸ばして、雲中子の服をはだけた。
細いが意外にしっかりした身体が現れる。実験の爆発や雷震子の発雷を何度受けても平気なのだから、成程芯は丈夫なはずである。
「太公望・・・・」やがて雲中子からいつものシニカルな笑みが消えて、身体と息が熱く湿り始める。
息を荒げて、太公望の名前を熱い声で何度も繰り返す。
太公望しか知らない、一人の男の姿になる、その瞬間が太公望はたまらなく好きだ。
だからこそ、どんな珍妙な要望でも大抵いつも受け入れてしまう。
こういうことにタブーはないのだ、多分。2人合意の上ならば。
(まあ・・・、いいか。雲中子がこういうのが好きだと言うなら。)
ちっとも苦くはない笑いを漏らし、心の中で呟いた。「実に不思議だなあ」
熱の引いた身体を毛布でくるまれ微睡む太公望の横で、雲中子は淡々と話し続ける。
「一体どうして君だけが、私にこんな反応を引き起こすんだろう?
君のいかなる特質が問題なんだろうか。どれだけデータを取っても分析が進まなくてね。
しかもこの反応は時間軸と共に比例曲線を描いて増加していて・・・・、何がおかしい?太公望?」
「・・・いいや、何でも。・・・・続けてくれ、雲中子」
普通の、甘い言葉は言われないけど。アイのコトバは、いつも聞いてる。
お医者さんプレイ・・・(笑)。壁紙も温度計にしてみたり。「アズライト」の続きと考えてもイイかと。
実はこの話の方が先にできてて半分以上書いてたんですが、「最初っからこの変態プレイな話は〜・・・」と躊躇した挙句、「アズライト」を描いたのです。
しかも「アズライト」も当初小説の予定だったのが、
「どーしてもマンガにしたい!と思った挙句に22ページ。大間抜けな墓穴掘りでした。