HEART&HARD 2   HE HAS NO WORD


 少しの間だけ眠っていたらしい。傍らを見ると、飛影は静かな寝息をたてていた。
(う・・・・・・わ・・・っ)

 まるで幼子のような顔だった。
まるでひどく弱々しいもののようにすら思えて、そっと肩を抱き寄せる。手のひらの中の肩口がひやりと冷たい。
 さして大きくはない自分の腕の中に、やすやすと入ってしまう肩幅が、手のひらにすっぽりと収まってしまう肩口が切ない。

 こんなに・・・・・・・・・・小さかったのか。

自分の、多分想像もつかないような生を過ごしてきた、自分とは別の生き物が今は自分に身を預けてここにいる。それだけでたまらない気持ちになる。
そんなことをこいつに言ったら、一笑に付されてしまうだろうけど。

変な気分だよなあ。

 今日だけでもう何度目にもなる感想が、浮かんで消えた。
だけどそれはけして不快なものではなくて。胸の奥がむずがゆいような、少し痛いような。
そんな思いに、手に少し力がこもる。

「・・・・・・ん・・・」
 飛影がゆっくりと目を開いた。自分が幽助の腕の中にいるのに気付いて、身動ぎをする
。 まだぼんやりしているらしく、幾度も目を瞬かせる。それから幽助の顔を見た。
「何の・・・・・・・・・・音だ・・?」

「へっっ?」
何のことやらさっぱりわからず、すっとんきょうな声をあげてしまう。

「お・・・・・と・・?
いや・・・、俺にはなんも聞こえなかったぜ。どんな音だよ?」
 まだ目が覚め切っていないのだろう、飛影は遠くを見るような目で、独り言を呟くように幽助の問いに答える。 「速いような・・・すぐ近くのような・・・・・鈍い音だ。
ずっと・・・同じリズムで聞こえていて・・・・・・気分が良かった。」

 ああ、と思い当たった。
「そりゃあこれだろ、この音。俺の心臓!」
笑いながら自分の胸を指した。
「そっか−。お前でもやっぱそうなんだなー。へえええ。」
「何がだ?」
「ホラ、よく言うじゃね−か。赤ん坊に母親の心臓の音聞かせっと安心するってさ。」
 飛影は、訳がわからないという顔をした。

「・・・・・・・・・?人間の赤ん坊は母親の心臓の音を聞くのか・・・?」
「へ?そりゃおめ−・・・」
当たり前だろ、と言おうとして、気付いた。

 多分妖怪は・・・飛影は、母親の胸に抱かれたことなど、ないのだ。
抱かれたことも、その胸の音を聞いたことも、乳を口に含んだことも、壊しい声で名を呼ばれたことも。
 胸の奥が痛かった。けれど同情めいた感情はきっと間違っている。
飛影は飛影で一人で生きてきて、今ここにいる。それだけのことだ。
だからこそ今この腕の中に在ることが、こんなにも嬉しい。

「・・・心臓の音が、気持ちいいってなら。」
飛影の肩を抱えこんだまま、囁く。
「俺のでよきゃ、いくらでも聞かせてやっからよ。」
その言葉に飛影は一度目を開ける。そして何も答えずに、目を閉じた。



飛影の中に、幽助の中に。

たゆたう思いにまだ、名前はない。




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